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▼ 名古屋の夜
私が彼と会えるのはいつも人目のない場所だった。
暗くなった夕暮れの海だったり、大雨の日の桜の堤防だったり、夜中の喫茶店だったり。
それを好んで選んだわけではなく、奥さんのいる彼にとって、そしてまだ学生だった私にとってなるべくしてなったデートだった。
若かった私にとっては、連れて行ってもらった場所すべてが大人の行く場所であり、
大人のとる行動に思え、ついて行くのに一生懸命だった。
そしてこの二人だけの誰にも言えない秘めた時間が何よりも大人になった気分で嬉しくもあり、
堂々と会えない事が悲しくもあった。
でも一緒に居れば何でも感激に変わった。
夜の名古屋港で、若い学生のまだ習いたての下手なトランペットの練習が素敵に聞こえたし、
セントラルパークの落書きも芸術に見えたり、夜空なんて見上げたことなかったのに、
名古屋の空で星を探そうなんて、公園の芝生に寝転がったりした。
そしてある日彼は、自分を真面目な人間だと言った。不器用だとも言った。
僕は一人の人しか想う事が出来ない、だから私に向き合うために奥さんと別れると言った。
私は急に怖くなった。彼が好きだったし、もっと一緒の時間も欲しかった。
でも奥さんと別れてまで私に向き合ってくれると言う彼の全てを受け入れる自信も責任もなかった。
そして私は彼から逃げるようにしてこの恋は終わった。
今思うと彼はこうなる事がわかっていて放ったセリフだったかもしれない。
今でも名古屋の街を歩く時、それぞれの場面がはっきりときれいな映像として思い出せる。
私の思い出の街。
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